2019年5月22日水曜日

人生について

先週のブログで書いた知人のお通夜(visitation)と追悼会(eulogy service)へ行って来ました。

故人は元々人懐こくて友人が多い上に生前積極的に教会と子供達の学校でボランティアをしていた事もあってか、参列客は凄く多くて数百人いたと思います。

バリキャリ(死語?)だったので仕事関係者も多かったです。

彼女は私と同世代だと知っていましたがobituary(死亡者略歴)を読んで同い年と判りショックでした。

高校と大学の卒業年が全く同じ、場所は違えど人生の節目を私と同じ時期に過ごして来た…早過ぎます。

最近日本の親友(高校の同級生)も大病を患い入院しているのでお見舞いを送ったばかりです。

30年来の友達でもイメージは高校生のままなので現実を突きつけられて戸惑いました。 (この友人は順調に回復中)

改めて思った事:

  • 健康体を当たり前と思わず日々感謝して生きよう 
  • 今回亡くなった知人のように、沢山の人に別れを惜しんで貰えるような良い種を蒔いてこの世を去れるように努力しよう

ちょっとしんみり…明日からまたクラフトブログに戻りますm(_ _)m



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2 件のコメント:

  1. 医療が進んで見つかる病気も治る病気も増えました。

    それでも 召される命があり
    それが親しくしている人だと すごくショック。

    まりこさんの知人の女性は闘病されていたから
    生きることに最後まで向き合って
    ある意味心の準備期間がご本人にも周囲にもあったのかなぁ。

    生まれて来た意味 その人と出会った意味
    考えながら生きているつもりなんですけれど
    それでも 自分に厳しく生きているというのではないので
    このような機会に遭遇すると 考えさせられてしまいます。

    実は まりこさんの本日のブログを読む直前
    気になっていた事が分かりました。
    GWで普段と違う生活をしていましたので
    ご近所さんに尋ねられるまで 思いもしなかった。
    すぐ近くのお家の時々話すおばさんが
    自宅で亡くなって搬送されていたんです。

    年齢がかなり上の人ばかりの中に住んでいて
    ご近所付き合いがあまりないのです。
    その中では話す方だった人なので
    何か出来なかったのかなと 寂しく思いました。

    周囲もご本人も 幸せだったよね
    そう偲んでもらえる人生だったんでしょうね
    まりこさんのお知り合いの方

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    1. ご近所の方、残念でしたね。
      少しでも自分と繋がりのあった人の死は辛いものです。歳を取るにつれてその機会が増えますが、いつまで経っても慣れる事はないと思います。

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